(ゆめ・うつつ)


今日、夕刻。
遅い買物に出た帰りの、茜に染まる道すがらのこと。
すれちがった人の、後ろ姿に、心ひかれて、振り返る。


お蝶は驚いて、風呂敷包みをさげたまま、師走の雑踏にまぎれてしばしたたずんだ。
見覚えのある背中、首ひとつ高い、髷を結わずに下げた髪。
手には、神楽の狐面───


  ○o。○o。.。oo。.。o。.。


せわしなく動く、家事の手がふと止まり、ため息がもれる。
なぜ、あの殿御の背姿に?
見かけたのは、若い男。記憶をたぐるも、それらしい相手は思い当たらず。


もし、見たとすれば。
それは遠い、遠い過去の事。普段は思い出しもしないような。
自然に笑みが唇を彩り、お蝶はしばし、昔のお蝶に戻る。


あなたの眼をのぞきこんで、ここがどんなに良い所か、教えてあげたい。
あなたに救われた私が、いまどんなに幸せかを伝えたい。


水にひたした手。桶の縁どり。ひんやりと冷たく、ざらざらして固く、指に吸いつくように、今のわたしにぴたりと収まる。いい気持ち…
いちばん上の姪が、嫁いだ時の慶び。
あれもこれも…
あなたに話したい。
起こったこと、すべて…


首を振る。
私、いいことしか話さないわね。


それでも、あなたに会いたい。
話したいことがいっぱいあるの。
私のともだち。


「───いつも、そこにいらっしゃいますものね」
お蝶はそっと目を閉じ、つぶやいた。


  ○o。○o。.。oo。.。o。.。


年末年始、道化神楽の準備に忙しい役者がひとり、夕暮の途を急ぐ。
銀の下げ髪のかつら姿、まだ若く、しなやかな四肢をもてあます。


彼はふと、温かな思いにつつまれた。
夢にしか見たことのない母御が、思ってくれたかな。


彼は、親を知らない子どもであった。
流れ着いて、今の長屋に落ちついた。
ここに来る前のことは、よく覚えていなかった。地元の、笑顔の優しい穏やかな娘と結ばれた。広いおでこがとくにかわいい女房である。先月、初めての子どもが生まれた。


わたしはここにいますよ。
若者は心で伝えた。愛する人を支えながら、私は懸命に生きております。




ふたりは死すべき人の子ではなく
共同の、永遠のイメージを
孕んだ───


ふたりでいることの驚き、
男と 女の 驚き、
それが僕を人間にした。
(『ベルリン天使の詩GAGATOKYO FM出版より)


☆ ☆ ☆


ベルリン・天使の詩』では、女に愛された天使が、地上に人間の男として生まれます。
『のっぺらぼう』の狐面の男がアヤカシだったなら、女に愛されて人間に生まれ変わることもあるだろうか…と、想像しながら書いてみました。
師走の風景…を…ごくわずかながら^^;文面は、全面的にGAGA本の真似です=_=;
お蝶は、のっぺらぼうをはっきり思い出せなくなっていますが、幸せに暮しているとよいなと思い、心で語りかけます。ほのかな思いが、面影の似た青年に、母親からのように温かく伝わっていきます。
強い思いがアヤカシを人に変え…と物語を華麗に紡げればよいのですが、そう上手くは書けず^^;
「敦盛」を心の支えにして生きぬいたお蝶ならば、母の願いを叶えつつ自分の幸せも見つける「離れ業」をつかむだろう。と。ま、甘い!のでしょうが、それはおいといて。
ある二つのタマシイが、ほんとうはひとつだったと知るとき、その驚きは、アヤカシを人間にするほどのパワーがある───かも。なんて。