アヤカシの海

少し前に、竜の三角について知る機会があったので、アヤカシの海がどのへんにあるのかちょっと詳しく調べてみました。


まず、「海坊主」序の幕の、柳幻殃斉のセリフをあげてみます。
「ここが新島か…そしてここが野島崎…っと。よいか、新島、野島崎と、このあたりにある南蛮の島の三点を結ぶ海域を、『龍の三角』と呼ぶのだと、聞いたことが…ある」
このとき彼は、みんなで見ていた小奇麗な地図を、扇子で指しながら話を進めています。話は聞きかじっただけ、指示も適当、とおよそいかさま師らしいふるまい全開なわけですが(笑)果たして彼の言葉は、どこまでが本当でどこまでが嘘(というかいいかげん)なのでしょう。


地図の元ネタは、よく引き合いに出される「テイセラ地図」のようです。
テイセラ地図は、日本に奈良時代から伝わる「行基図」という古地図をもとにして、17世紀にポルトガル人が描いた地図であるといわれます。
行基図の特徴である、いわゆる「俵を積んだような」丸い境界線で位置関係だけを大まかに描いた地理図よりは、テイセラのほうがずっと詳しく描かれているような気もしますが、当時ポルトガルには様々な地理情報が集まっていたので(モレイラ型と呼ばれる別のタイプの日本地図もある)、手の込んだ地図が描けたのかもしれません。


幻ちゃんの扇はとりあえず無視し、セリフのほうだけ追いかけてみますと、まず「新島」「野島崎」そして少し前に言及のある「石廊崎」の地理関係はこのようになります。(バルーンがかなり左方にずれてますが、拡大すると地名も読めます)

大きな地図で見る

これで、三角形がつくれそうですが、「龍の三角」は石廊崎ではなく、「南蛮の島」とを結ぶ三角形とのこと。
もしかしたらここは、俗に言う「ドラゴン・トライアングル」でしょうか。ドラゴントライアングルとは、ウィキペディアにも出ている、千葉県野島埼、小笠原諸島、グアムを結ぶ三角海域です。
しかし、同ウィキにもあるとおり、この三角形はどうも眉唾ものです。だいいちグアムまで遠く、三角形が間延びしすぎていけません。幻殃斉は聞きかじりの知識を披露しただけで、海域のかたちは当然把握していなかったでしょう。


話は行基図に戻ります。行基図の成立は少なくとも、14世紀ころ作られた『拾芥抄』以前に溯り、複写に複写を重ねて使用されてきました。この地図が日本地図として凄いところは、日本を完全な島国として描いたところではないかと思います。
そして、写した図のいくつかには、日本島のまわりに、存在する朝鮮や大陸にまじって、存在しない島々が描かれています。北には「雁道(がんどう)」、南には「羅刹国」(らせんこく)といったぐあい。

東北大学附属図書館 狩野文庫画像データベース 日本全図→新版 日本大繪圖(にほんおおえず、一名を元祿版大日本國繪圖)
元禄ころの地図だそうで、収録された6枚のうち1枚に「羅刹國/女嶋」の書き込みが見られます。

早稲田大学図書館所蔵古典籍書誌情報・関連研究資料・画像データベース
「日本山海図道大全」でヒットするこれまた元禄ころの地図にも「羅刹國/女嶋」が書き込まれています。
元禄以後は幕府の音頭でしっかりした地図がつくられ、架空の情報は描かれなくなったようです。


古地図の日本に興味を待たれたなら、こんな本がお手頃お薦めです。
地図に見る日本―倭国・ジパング・大日本
絵地図の世界像 (岩波新書)


架空の島々の詳細はウィキ等を参考にしていただくとして、当時、南の海には「羅刹国」がある、という信仰を元にした俗説があったわけです。
「龍の三角」があるとすれば、「羅刹国」に到る海域こそ、魔の海域のイメージにぴったりな気がします。
「羅刹」を南アジアの異国人とするなら、「羅刹国」=グアムでも成り立ちそうです。
(位置の問題は解決しませんが…ね)
つまり、南の海に、南蛮の島があるという話は、知識人の間ではわりとガチだったのです。


幻殃斉は、聞きかじったハナシをちゃんと記憶し、おそらくは聞いたとおりに喋ったのです。が、たぶん地理を地図で学ぶような経験は無かったか、あってもいいかげんな知識で覚えたのでしょう。知ったかぶりで出鱈目に指しただけかもしれません。説明の便宜上とりあえず指してみせたという説もあります。
根がマジメなキャラなので、本気で朝鮮半島の隣に新島があると信じて言ったのではないか…(そして彼の勢いに他の人もついのまれてしまったのか…)などと、私自身は思ったりするわけです。これはもうないですね。ウィキが逐次更新されています(有り難や)、そちらも必ずご参照ください。


ところで…幻ちゃんが丸かいたあのあたりに戻りますと、いま、島増やしている人がいるんですね。とりあえずその解釈は保留します…よ。^^;