╋╋・‥… 終 …‥・╋╋

 「モノノ怪の形を生すのは、人の因果と、縁」
 薬売りは、煌めく刃を向けた。

 「ひとたびこの世にあるモノノ怪は、斬らねばならぬ」

 モノノ怪の虚ろな目が瞬いた。


 (斬られたら、あっちへ行ける?)


 薬売りは静かにかぶりを振った。
 モノノ怪の首が、ゆっくりと離れる。

 「アヤカシはアヤカシの世を生き───」


 荒々しい風は止んでいた。
 初々しい、朝のままの日陽しに、モノノ怪の姿は揺らぎ、千々に乱れ境目がなくなって、やがて、光の群れ惑う木立へと、溶け込んでいった。


 その瞳がさいごに薬売りへ視線をくれたとき、不思議な男は言った。
 「照さんはヒトだ。ヒトは人の世を生きてゆくのですよ」

 男は、最初に照を呼んだときの姿に戻っていた。
 穏やかなまなざしが言った。「戻んなさい」


 モノノ怪は瞳を閉じ、消えた。


  ○o。○o。.。oo。.。o。.。


 風は収まったが、雨が、また強くなりはじめていた。
 「そろそろ、行きましょうかね」


 薬売りが不意に立ち上がった。
 「今?…やはり、笠原へ?」
 薬売りは頷いた。


 狐につままれたようではあったが、ともかくも男たちは雨具をまとい、薬売りを先導に、ぬかるみの道を歩きはじめた。
 ところが、薬売りの足の、早いこと早いこと。雨も手伝って、ついに、足あとさえも見失ってしまった。
 息子らを急かし、父親は足を速めた。
 しかし歩いても走っても追いつかない。
 それどころか、気づくと彼らは丘を上がる道ではなく、宿場へ下る街道を、何里も必死に進んでいたのだった。

 父親は、薬売りに化かされたのだと考えはじめた。
 そのとき、末息子が唐突に叫んだ。

 「照だ!地蔵のとこ!」

 家族はわらわらと駆け寄った。

 照は身体を丸めて地蔵の足もとに身を寄せていた。街道の地蔵は、前に照が差してやった朱いボロ傘の代りに、あの薬売りの番傘をさしていた。その傘もなぜか、火事にでもあったように骨だけになっていた。
 照は、笑顔で眠っているようだった。不思議なことに、娘のからだは濡れておらず、抱き上げると日なたの芝の匂いがした。




╋╋・‥… 余 …‥・╋╋


 宿場のはずれで夜を明かした親子は、真夏の日差しをさけて、夜が明ける前に戻り路を歩いた。
 家までは半日の道のりである。
 道中のちょうど半ばごろに、地蔵の建つ土手があった。土手といっても、よその畑の畝だが。

 ここ数年の旱魃で、畑は荒れていた。日が昇っても人の姿はなく、父親は涼しいうちに一休みしようと、土手をまくらに寝転がった。
 照は地蔵を眺めたり、羽虫を追って遊んでいたが、そのうち雑草の中から、がさがさと何か引っ張りあげる音がした。


 女物の、上等な傘だった。骨組は朱で染めあげられ、切れた軒糸まで絹である。
 ロクロ(開閉部)が割れて骨が外れ、紙もだいぶ剥がれているものの、ひらくと傘らしい日陰が足元に落ちた。
 おおかた盗品か、人の手をさんざ経たあげく壊れたのだろう。使えそうにないので、父親は捨てろと言いつけた。


 綺麗な色を、気に入っていたけど照は従うしかない。
 (せめてお地蔵さまにあげれないかしら)
 照は寝物語の「かさじぞう」を思い出した。
 しかし柄の軸がふたつに折れ、笠にかぶらせるには収まりが悪い。
 照はきょろきょろ見回し、土手の端っこに、真っ直ぐな木の枝が落ちているのを見つけた。
 枝を拾うと、青々した小さな葉からいくつも露がこぼれた。
 茶碗でも鑑定するように、いろんな方向から検分する。
 「このタモの枝はとてもいいわ」
 照は誉めた。
 「今年伸びたのね。いらないから落ちたんだろうけど…」
 軸の裂け目に、枝を継ぐ。その柄を、地蔵の握る錫杖にはさむと、うまいこと肩にのっかった。


 照は満足して父親のもとに戻った。
 「お地蔵さまに、傘さしてあげたの」
 不恰好な地蔵に父親は噴き出した。
 「や、こいつはあれだ、いいや」
 そして照の頭をぐりぐりと撫でた。「よくしてやったな」
 照はにっこりと笑い、父親の手を握りしめた。



  ○o。○o。.。oo。.。o。.。
なぞなぞ
傘は何本出てきたでしょう?*1

*1:答え:2本。