その6


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 町から戻ってしばらく経ったころ、庄屋が家に来た。父親と話しているのを、鶏に餌をやりながら、照は遠巻きに眺めていた。


 「お前さん、娘なんかこのうえ扶持損だと漏らしてたじゃあないか。
 まさか情がうつったんじゃなかろうね?」
 父親は相手に眼を伏せながら言った。「別に…そりゃあ、働き盛りの男手にゃ、替えられませんや」
 「向こうに証文も残ってるんだよ」庄屋は念を押した。「私のはからいだと思って、いらぬ腹づもりはせずに家族のことだけ考えなさい」


 庄屋が帰った後、末の兄が泣きながら父親に訴えていた。
 「照をほんとに町へやるのか!」
 父親が息子の口端を殴る鈍い音と、兄のからだが転がるずしんという響きが、隠れて見ていた照の胸にも伝わった。
 難しい言葉はわからなかったが、父親が困っていることだけは、照にもよくわかった。



 「照さん」
 男がまた呼びかけた。


 「お屋敷は、引っ越されたとのこと。ご存じ、ですね」


 照はのろのろと首を振った。
 「私は、ご奉公にあがるんです。十になったから」


 「照さん」

 声音は優しかった。

 「照さん、あなたの思いが、そのモノノ怪を呼び寄せた。でもね、照さん、
  モノノ怪の力とともに歩いていくことは、人には許されないんです」


 モノノ怪ですって?そんなもの、いないわ。私、ご奉公にいくの。


 「そいつと一緒に行ったら、あなたはもう人の世には戻れない」


 何を言っているのだろう、この人は?
 (いっそ…)


 母ちゃんだって言ってたもの。
 だから、私、そうするの。
 ほかには行かない。


 四つを過ぎたころ、照は夢を見た。
 何かが突風に乗って来る夢。
 それから照は風の音に耳を澄ました。
 笑われたり叱られたりしたが、照は真剣だった。
 夢には、誰にも言えない続きがあった。
 突風は照をさらいに来るのだ。他の者が連れてゆく前に。他の誰も、照を連れてゆけないように。


 「あなたは大きくなりたいと願った。モノノ怪が、その願いをきいた」
 風は、さらに唸りを増してゆく。